2017年04月14日

山の畑に行く理由

たいした作もできていないのに
私が山の畑に行く理由

アッコさんが毎日昇り降りしていた道が崩れてきて
歩く人がいないと無くなっていくことを知ったから

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宮本常一『山に生きる人びと』
「最初に道をつくる者は鉈や斧で木を伐り、一応人の通れるところをひらいた。
    信濃路はいまの墾道刈株に足ふましなむくつはけ我が背
という「万葉集」の歌にそのさまをうかがうことができるが、山中のこのような道のひらき方は明治時代までおこなわれていて(中略)今日も山中の仕事場などへ行くための道作りも、木を伐り、鍬で足をつくる程度の簡単なものだが、いったんそこが通路になると、人はそこを通り、次第に踏み固めていくのである。
そしてその道がいつまでものこっていくためには、人がそこを通りつづけなければならない。人がそこを通らなくなればやがて草にうもれて消えていく。」

「塩の道」もそう
そして特に四国では、一般の道を通れなかった「かったい病」の人たちの「かったい道」が縦横に走り、そこを通って四国八十八ヶ所もまわることができたとされる負の道もあったという

そこを歩いた人の足が作った道の記憶と記録
そこに確かに人の営みがあったということを足の裏に意識して
一歩一歩踏みしめながら

何もないと思ってたけど、芽を出していたニラを収穫してまた戻る道
十分晩御飯の一品になりました

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posted by pon at 09:01| Comment(0) | 日記
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