2017年08月08日

笑う! 田舎暮らし  「青い空と釜炒り茶 」

(コープ自然派Table タブル連載 2007年6月号)

 5月に入ると、青空の下、山の斜面のあちこちで麦わら帽子が見え隠れ。お茶摘みの季節だ。山のばあちゃんたちは、自分たちの家で飲む1年分のお茶をこの時期に摘む。手摘みなので茶の木自体の大きさをそろえる必要はなく、それぞれ思い思いに枝葉を伸ばしているのが山の茶らしくていい。

 我が家は毎年、近所のばあちゃんちのお茶の葉を摘ませてもらっている。「家族も少のうなって、こんなにいらんのよ」「今年は日和が続くけん、お茶がよう干せてえぇわ」、そんなばあちゃんの話を聞きながら、柔らかくつややかに伸びた新芽をぷつんぷつんと摘みとっては、腰につけた竹篭に入れていく。ばあちゃんたちは、そこに茶の新芽がある限り、天気が続く限り、えんえんと数日間茶摘みを続けるのだが、軟弱モノの私と連れ合いは半日も摘んでいればまいってくる。気持ちのいい作業だが、ばあちゃんたちにはかなわない。

 茶摘みの次は、釜で炒る準備だ。このあたりでは「釜炒り茶」*といって、摘んだばかりの茶葉をそのまま大釜にどさっと入れ、薪を炊いて炒りあげるのだが、この火加減がなかなか難しい。今年も例年どおり、「火が弱い!」「おー、熱すぎる!こげる〜!」と、大騒する私たち。いつになったら慣れるのか? 熱いし煙は目にはいるし、中腰での作業なので、汗やら鼻水やら釜に落ちそうになるところをなんとかくいとめる。でもちょっとは入ってる、きっと・・・。 

 それでもなんとか一面香ばしい香りが漂い、茶の葉同士の水分でしんなりしてくる。次はムシロに移して熱い茶の葉をひたすら揉む作業だ。全体重をかけて、揉んで揉んで揉んで・・・。釜炒りと同様、汗の吹き出る作業である。熟練したばあちゃんたちがすると簡単そうだが、やってみるとそううまくいかない。茶葉がぼろぼろと手からこぼれ落ち、「あらっ、あららっ」と、もたもたしているうちに冷めてしまう。これもまた、例年通り・・・。

 茶葉が細くよれると、今度はムシロに広げて丸1日お陽様に乾かして出来上がり。この季節はどこの家でも、五月晴れに茶葉が庭先に干されていて、なんともほっとする光景だ。

 その年、その年の気候や茶の木の様子によって、その年ならではの茶の味があるという。また、茶の炒り方や揉み具合によって、それぞれの家庭の茶の味がある。自家用のお茶を作るー都会に住んでいるときは考えてもみなかった。今年も我が家は、手際が悪く、未熟ななりの「我が家の茶」。さ、原稿を書く手を休めて一服。ふ〜っ、うまいんだ〜、これが。

*釜炒り茶は、四国の山間地と九州のごく一部にしか残されていないそうです。
posted by pon at 06:47| Comment(0) | 日記
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