2017年08月09日

笑う! 田舎暮らし 連載「スローライフは忙しい」

(コープ自然派Tableタブル 2007年12月号)

 11月に入ると霜の降りる日が多くなる。四国といえどもここは標高470m、冬の寒さはなかなか厳しい。霜で野菜が萎えてしまわないうちに、里芋を掘り、柚子を採り、大根を漬け物にし、天気の良い日は豆を干して選り、ズイキ(里芋の茎)を干し、サツマイモをゆでぼし(干し芋)にし・・・収穫の秋はすることのあれこれほんとに多いこと。

 私が「ああ、秋の空は青いなあ」とか「あれー、いつの間に紅葉がこんなに色鮮やかになったんだ」とか、空や景色に見とれているうちに、着々と来る冬のための食糧の備えをすませる村のじいやばあたち。いったい山の人たちは本当に1日が24時間なのかと疑いたくなるほど、この時期にありとあらゆる作業を片付けていく。私とて決して時間を無駄にしているつもりはないのだが、どうがんばっても追いつけない。おっと、じいたちは冬に向けて薪の確保を始めている。急がねば、と私は焦るばかり。

 山の人たちと私、なんでこんなに違うのか。豆を選りながら考える。仕事の能率はもちろんだが、何かが違うのだ。「子どもの頃から畑やら炊事やら手伝わなんだら、飯も食わしてもらえなんだ。薪を負うてくるとき薪が肩に食い込んで、足も冷たいやらで辛かったこと」−じいやなばあたちの、自然と真剣に向き合ってきた歴史が、軟弱ものの私などとは到底比べ物にならないのは、一つの大きな違いだと思う。季節季節の作業が身体に染み付いているからこそ、一つの作業をしながら次の作業の手順を考える余裕。私みたいに、豆を選り終ったら終ったで「ちかれたび〜」と脱力してしばらく動けないようでは話にならない。「やりそめとらん(やり慣れていない)けん、しょうないわだ」−ばあたちはそう言ってにこにこと励ましてくれるが、きっと私たちのしていることは、ばあたちのままごと程度なのだろうな。

 よし、「やりそめていない」ことは「やりそめる」まで経験を積もうではないか。今年で移住10年目。ここに来たとき0から始まったと考えれば、わたしはまだ10歳の子ども。まだまだ覚えることもばあたちから学ぶこともたくさんある。来る食糧難の時代に備え、いつぞや私も、じいやばあたちの域にまで達することができるように。とりあえず、まずは軒の下に掛かったままの麦の穂を早く脱穀せねば、もう麦蒔きの季節となってしまった。まだ黒ごまもササゲも選らねばならんし、いったい年内に口に入るまでになるのだろうか。ああ、スローライフは本当に忙しい。
posted by pon at 14:44| Comment(0) | 日記
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