2017年08月09日

笑う!田舎暮らし 「KYよりDY」 

(コープ自然派Table タブル 2008.4月号)

トゥルルル、トゥルルル・・・ガチャッ「もしもし玄番ですけど」 
「いつ帰ってきたんじゃ?」
村の人からの電話は、いきなり用件から始まる。
「大阪行っとったんか」
えーっと、誰やったかなー・・・?
「玄関にハクサイ置いといたけんど、留守なようやったけん」
ん? ハクサイ? ・・・。そしてさんざん話を聞いた後ようやく、
「あ、アッコさんですねー。ああ、ハクサイ、ありがとう!」と私。村にきて10年、まだまだ「名乗らない電話」には慣れていない。「村人検定」などがあるならば、これはかなりの上級コースだ。たまに子どもが電話に出て用件を聞くものの、電話をきってから「誰だっけ?」。あとでみんなで推測する。「女の人? ばあちゃんやった? 早口やった?」。村の人同士なら声だけでわかって当たり前、なかなか話の途中で「誰でしたっけ?」とは聞きにくい。

 小さな村なのでみんな電話番号も似通っていて、たまに番号を間違えてかけてしまっても、「あれ? サトちゃんの声やのう。アキねえに掛けたつもりやったのに・・・まあ、ええわ。元気にしとるかー? そう言えば今度のー・・・」と違う展開にもなるそうだ。つながってるなあ、とほっこりするし感心もする。また、雪が降ったら「雪かきしたか?」、雨が降ったら「裏の山は大丈夫か?」と、ことあるごとに村の中でお互いの安否を気遣う電話ネットワークは防災無線より確かなものだ。「昨日家に電気ついとらなんだじゃろ。電話は面倒なけん、様子見に来たわ」と直接玄関先に現れる時も多い。

 近頃、国が要請した集落の自主防災会なるものが作られた。連れ合いが班長になったので、お触れどおり隣組の電話番号を確かめたり、不在の時の連絡先などを聞きにまわっているが、「なんやこれ、すでにみんなお互いにわかってることばっかりやな」とぶつぶつ言いながら近所を回っている。過疎地だからこそ、お互いを気遣う気持ちが結局は防災意識につながっているのだ。山に暮らしていて何かあったとき大丈夫か、災害のときどうするのか、と心配されたりするけれど、こんな隣近所とのつながりがあるから、私自身は町に暮らしていた時よりも安心感がある。

 そういう意味では、村の「名乗らない電話」リストはいのちのリストでもあるわけだ。はやく私も名乗らずとも話のできるネイティブに近づきたいものだ。一歩間違えば「オレオレ!」電話に引っかかってしまいそうだし。ここではKY(空気が読めない)よりDY(誰だか読めない)のほうが断然困るのだ。
posted by pon at 14:58| Comment(0) | 連載
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。